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東京高等裁判所 昭和60年(ラ)285号 決定 1985年9月19日

抗告人 金島由多加

上記法定代理人親権者母 金島真利子

主文

本件抗告を棄却する。

理由

一  本件抗告の趣旨は、「原審判を取り消す。本件を東京家庭裁判所に差し戻す。」との裁判を求めるというにあり、抗告の理由は、別紙「抗告の実情」記載のとおりである。

二  当裁判所は、本件記録を検討し、審究した結果、原審の認定、判断を相当と認めるものである。但し、以下のとおり付言する。

三  民法791条による子の氏の変更に関する審判においては、あくまで氏の変更による子の福祉の観点を判断の中心に据えてその許否を決するべきであつて、本件の如く、子が非嫡出子であつてその父の妻と嫡出子とが右の子の氏の変更に強く反対しているような場合であつても、それは、子の福祉を制約する諸般の事情の一要素として考慮するにとどめるべきである。

即ち、本件のような場合においては、氏の変更により非嫡出子が同一戸籍に入れば妻や嫡出子が反発を示すことには無理からぬものがないではなく、家事審判法1条に定められた「家庭の平和と健全な親族共同生活の維持」という同法の目的に徴しても、これを無視したり、余りに軽視したりすることは相当ではない。しかしながら、氏の変更の許可により、家庭ないし親族共同生活の実態にとかくの変動を及ぼす場合はともかく、そうでなければ、親権、扶養、相続等の権利関係にはもともと何らの異同も生じないばかりか、戸籍面上においても子の認知の点はすでに記載されているのであるから、右関係者の反発は所詮感情的なものと断じられてもやむをえないということができる。それにもかかわらず、このいわば感情利益を子の福祉という法益と同列に置き、あるいは期せずして同列に置いたと同じ立場に立つて、彼此比較衡量した上、子の氏の変更の許否を決するというのは、到底首肯しえないところである。

ところでしかし、本件の場合は、申立人の年齢等に鑑み、現在直ちに氏の変更を許さなければ、その福祉が保たれないという必然性に乏しく、むしろ、これを許した場合は、加奈子の強固な反発、世里奈への微妙な影響等を考慮すると申立人の福祉は却つて危うくされるおそれがないとはいえない状況にあることが看取されるのであつて、申立人の今暫らくの成長と共に申立人、統一郎、真利子の共同生活及び統一郎、加奈子、世里奈の婚姻共同生活のそれぞれの帰趨、更には加奈子、世里奈の感情の変化等をもなお少しく見定めて、その時点で申立人の福祉の観点からこの氏の変更の問題に結着をつけるのが相当であると考える。

四  よつて、原審判は相当であつて本件抗告は理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 高野耕一 裁判官 根本眞 成田喜達)

抗告の実情

一 原審判は、申立人の父人見統一郎の長女が父母の離婚に反対している前提にたつているが、長女は父母との関係で、厳正中立を保つことに決めており、父が離婚を希望していることについては、それなりの理解を示している。

二 申立人の父人見統一郎の妻加奈子も、お互いの生活が現状のとおりであり、到底、夫婦の正常な生活が回復するとは考えていない。子供が中学生の今、早急に離婚することには反対しているものの、近い将来の離婚については了承しているものである。

三 一方、申立人はもうすぐ物心がつきはじめる時期であり、今、人見姓に変わるならば、「氏の変更」という悩みを全く経験しないですませることが出来る。

四 申立人およびその父母の生活実態からいつて、母の氏もいずれ「人見」に変る蓋然性が高いのであるから、申立人と母の氏が違うことによる悪影響というのは、父と氏が異ることにくらべたら、さして深く考える必要のない事柄である。

五 いずれにせよ、申立人の氏を父と同じくすることに多くの利点があり、それが申立人の幸福につながることは否定しえず、単に申立人の父の妻が反対していることの一事をもつて氏の変更を許さないというのは「氏」の制度の趣旨に反する。氏の変更を許可せず申立を却下した原審判は不当である。

六 よつて抗告の趣旨どおりの裁判を求めるため、この申立におよぶ。

〔参照〕原審(東京家 昭59(家)10787号 昭60.4.23審判)

主文

本件申立てを却下する。

理由

申立人法定代理人は、「申立人の氏金島を父の氏人見に変更することを許可する。」旨の審判を求め、その申立ての実情として、「申立人は父人見統一郎の認知を受けており、現在の氏金島では父母との同居生活上支障がある。」と述べた。

本件記録によれば、次の事実が認められる。

(1) 申立人は、父人見統一郎(昭和13年2月6日生)、母金島真利子間の男として昭和59年8月9日出生したもので、同月20日父統一郎により認知の届出がなされている。

(2) 申立人の父人見統一郎(以下、統一郎という。)は、昭和43年9月2日妻加奈子と婚姻し、その間に昭和45年6月1日長女世里奈をもうけたが、昭和52年頃から金島真利子(以下、真利子という。)と知り合い、昭和54年頃から互いに結婚を考えるに至つた。しかし、当時真利子には別居中の夫があり、統一郎にも妻子があつたため、統一郎及び真利子は、それぞれ従来の婚姻を解消していずれ結婚できることを期待し、昭和55年夏頃以降同棲した。

(3) 統一郎は、真利子との同棲に至る前から妻加奈子と離婚の話合いをしており、上記同棲後も離婚の交渉を進めてきたが、父母の離婚に反対する長女の意向もあつて妻の同意が得られぬまま現在に至つている。一方、真利子は昭和57年2月19日夫と協議離婚している。

(4) 統一郎の妻加奈子は、真利子が申立人を妊娠した当時、その事実を統一郎から聞き知つたが、その後本件申立てに至るまで統一郎から申立人を認知するとか申立人の氏の変更について話されたことはなく、申立人については、真利子がみずから未婚の母として養育するものと考えてきており、統一郎らが中学生という精神的にも微妙な時期にある長女への配慮もなく、申立人の氏を父の氏に変更することには絶対に承知できないとする強い反対の意向を有している。

(5) 真利子は、申立人の出生以来申立人及び統一郎と同居し、日常生活においては統一郎の氏である人見姓を名乗つている。このため、真利子は、「申立人が成育途上でその氏を変えることは本人にとつて好ましくないから、少くとも申立人が幼稚園に入園し、本人なりに社会生活を始める前に予め人見姓に変更しておきたいし、その変更の時期は早い程よい。」と考えている統一郎の意向を受けて、本件申立てをしているものである。

上記認定事実に基づき判断するに、申立人は婚外子であり、しかも満1歳にも至らぬ乳児であつて、日常生活において家族として父の氏を使用しているといつても、その実体は、申立人の父統一郎がその妻子の反対があるにもかかわらず一方的に離婚を求めて別居し、申立人の母と同棲生活をするについて、申立人の母が申立人と共に申立人の父の氏を便宜呼称しているに過ぎず、現在申立人自身が父の氏を使用しなければその日常生活に支障をきたす状況にあるとは認められない。また、統一郎の妻及び中学生である長女は、統一郎の離婚の申し入れにかねて反対しており、特に統一郎の妻は、自己及び長女の感情を無視して申立人の氏を父の氏とすることには強く反対する意向を有しているのであつて、本件氏の変更を考える場合、これら妻子の意向も無視し難いところがあり、また、仮りに申立人の氏を父の氏とすれば、その反面において申立人とその母が同居しているにもかかわらず戸籍上その氏を異にすることになつて、この面において申立人の福祉にそわない結果をもたらすことも予想される。これらの諸事情を比較勘案すると、本件については、現状において直ちに申立人の氏を父の氏に変更することは相当であるとは認められない。

よつて、本件子の氏変更許可の申立ては理由がないからこれを却下することとし、主文のとおり審判する。

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